前回は、膠原病について書きましたが

今回は、私が膠原病と診断されるまでの経緯をお話ししたいと思います。

原因不明で同じような症状がある方は病院で検査を受けてみて下さいね。

 

私の場合は病気がゆっくり進行するタイプだったらしく

「膠原病」と診断されてからは1年ちょっとしかたっていませんが

今思うと、異変は高校生のころからありました。

 

 

はじめの異変・・・

 

今思うと・・・っていう感じなのではっきりといつからかは覚えていませんが

高校生のころからよく膝に湿疹が出ていました。

かゆくてかゆくてかきむしると

小さなぶつぶつが全部つながって膝全体がもちのように腫れあがり

ピークに達すると消えて、また出るというのをずぅ~っと何年も繰り返していました。

 

膝

 

特に、夏場にひどくなってはいましたが、当時はあまり気にしていなかったため

病院で診てもらうこともしませんでした。

 

でも、膠原病の治療(薬を飲み始めた)をしたら何年も出ていた湿疹が

今ではほとんどでなくなりました。

 

そのころは微熱も良く出ていました。

でも、具合が悪いという程ではなく、よく寝ると次の日の朝には元気になって

夕方にまた微熱が・・・という感じです。

 

 

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20代後半

 

ある日、耳の後ろに

最初はほんのぽこっとした腫れが・・・

ちょっと痛いけど・・・

忙しさにかまけてしばらく放っておいたら

かなり痛くなってきて

そのうちぽこっとした腫れが首の方まで腫れて来てついに高熱が出ました。

 

いきなり、高熱が出て首と顔の間も腫れてきてしまったのでちょっとびっくりして病院へ行くことに。

首と顔の境目がなくなり、そこには心臓がもう一つあるかのように「ドックン、ドックン」してました。

 

休日だったため休日診療へ・・・

小さいころに「おたふくやった?」と言われましたが

3人兄弟の私は、そうゆう流行物は全部3人一緒にかかっていて

確かに「おたふく」にはかかったはずだけど・・・

 

記憶があいまいで他の患者さんに迷惑かけるのも困るし

とりあえず、何故かしどろもどろで「やったと思うけど~~」

結局、別室で診察を受けました。

 

結果は、よくわからないということで

(それはそーだ。この段階では分かるわけがない。今ならそう思うけどね・・・)

 

次の日、ちゃんと病院へ行くように言われて帰宅。

 

そこから、私の選択は間違っていたのです。

 

診断書

 

首のリンパの腫れ=耳鼻科だと思った私は耳鼻科へ行きました。

今思うと、消化器内科へ行っていれば原因がわかったかもしれないのですが

何の疑いもなく耳鼻科へ

  • インフルエンザ
  • CT
  • 血液検査

一通り検査をしましたが、高熱があるのにインフルエンザは陰性

まあ、ちょうど子供たちがインフルエンザにかかっていたせいもあって

先生は真っ先にインフルエンザを疑いました。

 

これはしょうがないですね・・・

 

CTを撮った理由は、一度でも副鼻腔炎の手術を受けた人は普通のレントゲンには写らない部分がある

という理由でCT撮影。普通の人はレントゲンでも大丈夫らしいです。

壊死していないか見たらしいのですが壊死らしきものは写っていないとの事。

もちろん、これでも原因はよくわかりません。

 

血液検査も白血球が少ないとは言われましたがそれ以上の検査はせず

(そういえば、高校生のころも熱が続いて病院で血液検査をしたら白血球が少ないと言われていました)

 

とりあえず、熱とリンパの腫れを治めるために点滴をしましたが

これがまた悲劇の始まりでした。

 

点滴を受けて家に戻ったら全身がかゆくてしょうがない

腕をまくってみたら大きな発疹が。

体全体にも出ていてかゆいのですが体の内側からかゆいのです。

かゆいというかピリピリするというか・・・

どちらかというと帯状疱疹の痛みに似ているようなピリピリ感。

かゆいのと痛いのとを我慢してその日は眠りにつきました。

 

もうここまで来ると、具合が悪すぎて何が何だか・・・

発疹も気になるけど、体もかゆいけど、具合が悪すぎて何が何だかわかりません。

39℃越えの熱が続いていたので(´;ω;`)

 

とりあえず、次の日また病院へ行って先生へその発疹を見せたら

すぐさま今度は解毒剤を打たれました。

 

体の免疫が下がり過ぎていたため

点滴はできないと判断されました。

 

そして、個人病院ではこれ以上の検査や治療はできないと判断されて

2番目の病院(3番目もあるからね・・・)へ紹介状を持っていくことに・・・

 

すでに38℃以上の高熱生活は1週間ぐらい続いていて

体力的に限界に近い状態でした。

 

高熱

 

食事の支度も最初は熱があっても頑張ってやっていたのに

長引く高熱で、出来なくなってしまいました。

 

そのころは子供たちが小さかったので

母にアパートに通ってもらって色々やってもらいました。

 

親ってありがたいです。。。

 

そんなこんなでまだまだ、膠原病の発症には至りませんが

その2へ続きます。

 

 

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